よくわかるバッテリー何でも情報局

"車のタイヤがいつの間にか空気圧が減っていた。
ハンドルをから手を離すと車がまっすぐ進んでくれない!など、経験されたことってありませんか?

 

このようなことが起きるとそれはタイヤがパンクしている可能性を否定することは出来ません。
そして釘が刺さっている場合も空気漏れにつながってしまうので、必ずパンクの修理をしなければいけないのです。

 

それでは貴方はどんな方法でパンクの修理をされているでしょうか?
専門のお店で修理をしてもらう人もいれば、パンク修理キットをショップで購入して自分で行っているという人もいらっしゃることでしょう。

 

最近の自動車タイヤは、ほぼチューブレスタイヤとなっています。
しかし自転車というのはチューブが入っている「チューブタイヤ」が採用されています。

 

自動車のチューブレスタイヤは直接タイヤを修理することが出来るので、比較的初心者の方でも修理をすることが出来ることでしょう。"





中野 賃貸
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▼車-バイク-工事系:パンク修理によくみられる方法ブログ:12-1-2020

お母さんは、夕方食の準備で忙しく動いている…

その傍らには、
好奇心いっぱいの目をキラキラと輝かせながら、
お母さんの口元をもどかしそうに見つめる、
幼ない頃のお姉ちゃんと、あたしと妹がいました。

そんなあたし達に、
お母さんはやさしい視線を注ぎながら、
「次は少し小さな声にして、こんな風に歌うのよ」
と言って、
童謡を歌ってくれます。

いつものようにあたし達三人は、
夕方食の用意をあわただしくしているお母さんを、
取り囲むようにしながら、つきまとっていました。

当時の我が家では、
汚れた野良着のままでも、
スグに食事の仕度に取りかかれるように
大きな流しが屋外に設けられていました。

いつ頃からか、記憶にはないけれど、
夕になり、お母さんがその流しの前にいる時間帯になると、
あたし達姉妹は、その場所に集まるのが日課でした。

昭和二十年代後半、敗戦のあとの日本は、
めざましい復興が着々と進んでいましたが、
ほとんどの国民は毎日の生活に追われ、
ただ生きることに精一杯のような時代でした。

そんな中にあって、
お母さんは毎日のように、あたし達に向かって
「さあ歌ってごらん、いい歌よ」
と言いながら、一小節ずつ、
口移しでいろんな童謡を教えてくれたのです。

お母さんは若い頃、教師をしていた関係で、
家にはたくさんの童謡の歌集がありました。

戦後の混乱した社会ではあったけれど、
我が子には、美しい抒情たっぷりな童謡を歌わせて、
心豊かで明るい子供に育てたい…という
お母さんの切ない願いがあったに違いありません。

そんなお母さんの思いを知る筈もなかったあたし達でしたが、
どんなに遠くまで遊びに出かけていても、
まるで磁石に吸い寄せられていくかのように、
かけ足で家に帰ったものでした。